東京周辺と大阪周辺のJR線には、運賃計算上「電車特定区間」と呼ばれるエリアがあります。このエリア内の区間を利用する際の運賃は、他の区間に比べて安いことにお気づきではないでしょうか。
利用者が多く、採算性が良い路線の距離当たり運賃単価(賃率)を低く設定するという考え方が、運賃水準決定の基本にあります。実際に時刻表のピンクページに掲載されている普通運賃表を見ると、電車特定区間の運賃水準が低く設定されていることが分かります。
ところで、電車特定区間に関する運賃体系の見直しが、2024年5月にJR西日本から発表されました。その内容のキモは、「大阪附近の電車特定区間」の範囲と距離当たりの賃率の変更です。今回発表された内容自体が難しく、理解するためには鉄道運賃に関する詳しい知識が必要です。
かつて「国電」が走っていた区間と現在の京阪神都市圏の区間に大きなずれが生じていたのが、今回の見直しの背景です。実態に即したシンプルな体系に見直されるのは望ましいことです。
この記事では、JR線の「電車特定区間」に関する全般的な基礎知識を一通りご説明します。そして、JR西日本から発表された電車特定区間に関する運賃体系の見直しについて詳しく分析したいと思います。
電車特定区間とは
冒頭で触れた通り、通勤・通学者を主な利用対象にした近距離の電車が、東京周辺部や大阪周辺部の多くの路線で走っています。当然のことながら、多くの乗客がこれらの路線を利用しており、これらの路線を運行するJR東日本およびJR西日本にとっても多くの利益を生むドル箱と言えます。
JR各社が発足した以前の旧国鉄時代には、これらの路線は「国電」と呼ばれていました。国電が走っていた東京周辺部や大阪周辺部のエリアは、JR移管後「電車特定区間」として継承されています。
利用者が多い電車が走っている「電車特定区間」については、運賃水準(賃率)が他の路線に比べ低く設定されています。並走する他社路線の競合対策の側面と、利用者が多く、運賃水準を低く抑えても採算が取れるという側面が、その背景です。
つまり、「電車特定区間」という用語には、東京地区および大阪地区において利用者が多いJR線のエリアと(地理的な定義)、運賃計算のための特定の賃率(運賃計算上の意味)という2つの意味合いがあります。
電車特定区間の範囲(かつての国電の範囲)
かつて国電が走っていた区間である、JR線における電車特定区間の範囲は、下図の通りです。
東京地区(東京附近の電車特定区間)
京浜東北線・根岸線の起終点である大船駅(神奈川県鎌倉市)および大宮駅(さいたま市大宮区)、中央線快速/中央・総武線各駅停車の起終点である高尾駅(東京都八王子市)および千葉駅(千葉市中央区)の範囲が含まれます。
山手線内の範囲は、電車特定区間よりも賃率がさらに低く設定されています。
大阪地区(大阪附近の電車特定区間)
大阪地区の電車特定区間(大阪附近の電車特定区間)の範囲は、2025年4月以降変更される見込みです。変更される内容の詳細については後述しますが、ここでは現行の範囲と見直し後の範囲を見ましょう。
現行
JR京都線の起点である京都駅からJR神戸線の途中にある西明石駅までの区間、および阪和線の全線、関西本線奈良駅(奈良県奈良市)までの区間が含まれます。
大阪環状線内の範囲は、電車特定区間よりも賃率がさらに低く設定されています。
この範囲に、関西空港線が含まれていないことにお気づきかと思います。
見直し後
見直し前の上記区間に加え、琵琶湖線野洲駅、湖西線堅田駅(滋賀県大津市)、JR宝塚線新三田駅(兵庫県三田市)、JR神戸線網干駅および関西空港線関西空港駅(大阪府田尻町)も、電車特定区間に含まれるようになります。
現在の列車運行の範囲と概ね一致する形です。大阪環状線内の区分がなくなり、電車特定区間に一本化されます。
JR運賃の算出ロジック~採算性の有無で運賃水準が設定~
前述した通り、賃率が何種類かあることを申し上げました。それゆえ、JRの運賃計算がより複雑になっています。
ここでは、賃率設定がどうして複雑になったのかという背景と、区分ごとの運賃テーブルの算出ロジックについて詳しくご説明します。
複数の賃率がある経緯
かつて、JRの前身である旧国鉄の経営が苦しかった時代、全国の路線の運賃テーブルは一つでした。利用者が多く採算性が良い路線の運賃水準と、利用者が少ないローカル線の運賃水準が同一で、問題がありました。
- コストが反映されない運賃設定の不公平さ
- 私鉄との競合に影響があること
- ローカル線の非効率な輸送が温存されてしまうこと
このようなことから、採算性の良い路線が「幹線」、採算性が悪いローカル線が「地方交通線」と区分されました。
私鉄との競争がある大都市圏内の路線では運賃水準をさらに下げる必要性があり、現在の電車特定区間である「国電」が走っていた区間が「電車特定区間」とされました。さらに、山手線・大阪環状線内の運賃水準も別に定められました。
これらの運賃水準が、国鉄時代から現在に至るまで受け継がれています。
運賃計算のロジック
JRの運賃計算に用いる運賃テーブルの元となるのが、乗車距離をキロ単位で表したキロ程に、上述した賃率(1キロメートル当たりの単価)を乗じた金額です。
運賃テーブル上の距離帯は1キロメートル刻みではなく、近距離では5キロメートル刻みや10キロメートル刻みで定められています。これを数式に直すと、以下の通りとなります。
[距離帯ごとの基準距離 X 各区分ごとの賃率 X 消費税率]=[消費税込の運賃額]
実際に運賃計算をする時に運賃テーブルを参照しますが、その数字はこのようなロジックで決まっています。このような運賃水準の決め方を、対キロ制と言います。
例えば、営業キロが91km-100kmの距離帯である場合、大阪地区の電車特定区間における運賃額は、次の通り算出します。
ステップ1:
[基準距離95km X 賃率15.30円]=[消費税加算前の運賃額1,460円※]
ステップ2:
[消費税加算前の運賃額1,460円 X 消費税10%]=[消費税込の運賃額1,610円※]
これに鉄道駅バリアフリー料金10円を加算すると、運賃額の1,620円が求められます。
※ 端数は10円単位に切り上げ
なお、営業キロが10キロメートル以内の場合、距離帯ごとの基準距離に賃率を乗じるのではなく、個別に金額が設定されています。
ここからは、大阪附近の電車特定区間に焦点を当てます。2025年に見込まれている京阪神エリアにおける運賃制度の見直しについて、詳しく見ていきたいと思います。
JR西日本からの告知内容~電車特定区間の見直し~
京阪神地区における運賃体系の見直しについて、2024年5月15日付の同社ニュースリリースで告知されました。ここでは、その内容をおさらいします。
運賃体系変更に関する告知内容
具体的には、以下の内容が見直しされます。国土交通省の認可を条件に、2025年4月以降のきっぷ発売に適用されます。普通運賃と定期運賃が、それぞれ今回の見直しの対象に含まれます。
電車特定区間の範囲拡大
JR西日本京阪神エリアの路線のうち、大阪駅(大阪市北区)から比較的近い区間は、運賃計算上の区分として「電車特定区間」に指定されています。その区間が、遠方の区間まで拡大されます。
例えば、JR京都線およびJR神戸線で見ると、現行の範囲は京都駅(京都市下京区)から大阪駅を経て西明石駅(兵庫県明石市)までの区間です。その区間が、京都駅より遠方の野洲駅(滋賀県野洲市)、西明石駅より遠方の網干駅(兵庫県姫路市)まで延長されます。
改定後の電車特定区間の範囲は、下図の通りです。
大阪環状線内の区分廃止
従来、大阪環状線内の区間に関しては、電車特定区間よりもより低い運賃単価(これを「賃率」と言います)が設定されていました。今回の見直しでこの区分が廃止され、電車特定区間に一本化されます。
大阪環状線内および電車特定区間の賃率の引き上げ
電車特定区間に一本化されるのに合わせて、新たな電車特定区間の賃率が改定されます。
営業キロ11km以上の区間の新旧の賃率は、下表の通りです。新たに電車特定区間とされる区間では運賃が引き下げられる一方、従来からの電車特定区間では運賃が引き上げられます。
【2024年現行】
適用運賃 | 賃率 |
大阪環状線内 | 13.25円 |
電車特定区間 | 15.30円 |
幹線(拡大区間) | 16.20円 |
【2025年4月見直し後】
適用運賃 | 賃率 |
電車特定区間 | 15.50円 |
運賃体系が、よりシンプルになります。
電車特定区間の廃止ではない
今回JR西日本から発表された運賃水準の見直しについては、2024年4月時点で大枠が報道されました。その内容があいまいだったため、SNS上では電車特定区間そのものが廃止されるのではないかという憶測が流れました。
しかし、今回発表された内容から、電車特定区間が廃止されるわけではないことが判明しました。電車特定区間の範囲の変更と運賃水準の見直しであることに留意したいです。
かつて「国電」が走っていた区間と現在の京阪神都市圏の区間に大きなずれが生じていたのが、今回の見直しの背景といえます。実態に即したシンプルな体系に見直される形です。
運賃体系見直しで変わるものと変わらないもの
今回の運賃体系見直しで変わるものと変わらないものを、ここで整理します。
変わるもの
電車特定区間の範囲および賃率
今回の見直しで変わるのが、上述した電車特定区間の範囲および賃率です。従来、電車特定区間の範囲外だった駅が乗車区間に含まれる場合、運賃が値下げになる効果が生じます。
一方、従来からの電車特定区間内で完結する区間については、賃率の改定に伴って運賃が引き上げになります。
大阪環状線内の運賃引き上げ
また、大阪市内を走る大阪環状線内の運賃は、完全に引き上げられます。乗車区間にもよりますが、Osaka Metroとの運賃競争面で不利になる場面がありそうです。
変わらないもの
電車特定区間を越える区間をまたがって乗車する場合の運賃
電車特定区間の範囲外の駅にまたがって乗車する場合、従来からの「幹線」運賃テーブルを使って運賃計算します。
特定区間の運賃
並行する私鉄線と運賃が競合する区間では、所定の運賃テーブルに関係なく、特定の運賃額が定められます。これを「特定区間」の運賃と言います。
電車特定区間と用語が類似していて、頭がごっちゃになります。私鉄線との競合区間であるか否かで区別すると、理解できると思います。
大阪附近の特定区間の運賃については変更しないと告知されました(一部区間の適用拡大はあり)。
電車特定区間に関する運賃計算例
それでは、電車特定区間が関係する運賃計算について、実例を挙げていきます。
京都駅・山科駅が関係する区間
現行では電車特定区間を外れるものの、改定後は電車特定区間に含まれる駅の一例に、京都駅の隣にある山科駅(京都市山科区)があります。
従来は、運賃額のギャップが大きい区間でしたが、見直しによってそのギャップが若干改善されます。
見直し前
大阪駅ー京都駅:
42.8km:580円【特定区間】
大阪駅ー山科駅:
48.3km:860円【幹線】
見直し後
大阪駅ー京都駅:
42.8km:580円【特定区間】
大阪駅ー山科駅:
48.3km:840円【電車特定区間】
大阪駅から京都駅までの区間は、私鉄競合上の特定区間でもあります。依然として金額にギャップがありますが、その差は運賃見直しで若干縮まります。
関西空港駅が関係する区間
山科駅と同様、現在は電車特定区間を外れているものの、見直し後には含まれるようになります。運賃の引き下げ効果がある区間です。
見直し前
天王寺駅ー関西空港駅:
46.0km:1,080円【幹線(加算あり)】
見直し後
天王寺駅ー関西空港駅:
46.0km:1,060円【電車特定区間(加算あり)】
見直しによるメリット・デメリット
JR西日本京阪神エリアにおける、今回の運賃体系の見直しによって生じるメリットおよびデメリットを考えます。
メリット
かつて、国鉄時代に「国電」が走っていた区間が、現在の電車特定区間に当たります。かつての国電の走行範囲と、現在の都市圏列車の走行範囲には、大きなずれが生じています。
つまり、電車特定区間に関する運賃体系には、大きなねじれができてしまっています。そのねじれが、今回の制度見直しで改善されるといえます。
デメリット
今回の運賃体系の変更には、大阪環状線内の運賃テーブル適用廃止が含まれています。つまり、大阪市内中心部におけるJR線運賃が引き上げられることを意味します。
また、電車特定区間の賃率自体が、今回引き上げになります。大半のユーザーにとっては運賃の値上げとなり、不利益が生じます。
個人的には、今回の運賃体系の見直しには痛みが伴うものの、制度のねじれが改善することから好意的にとらえるべきではないかと思っています。
まとめ
「電車特定区間」とは、JR線の運賃計算を行う際に基となる運賃テーブルの区分の一つです。東京地区の「東京附近の電車特定区間」および大阪地区の「大阪附近の電車特定区間」が、それぞれ定められています。
この運賃制度は、国鉄時代から引き継がれたものです。国鉄時代に走っていた「国電」の範囲と電車特定区間の範囲は一致していますが、その範囲は現在の輸送事情とはかけ離れてしまいました。
時代遅れな運賃制度を是正するため、2025年4月から大阪地区の電車特定区間の範囲が変更されます。それに伴って、大阪環状線内の運賃区分が廃止され、電車特定区間の賃率も変更されます。
大半のユーザーにとっては運賃の値上げとなりますが、制度上のねじれが改善されます。
一例を挙げれば、関西空港駅を発着する経路では運賃見直しで運賃が若干引き下げられ、メリットが生じます。
この記事を最後までお読みいただき、ありがとうございました!
参考資料
● JR西日本ニュースリリース「京阪神都市圏における運賃体系の見直しについて」2024.5.15付
● 旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 第77条他
● JR旅客営業制度のQ&A(自由国民社)2017.5
当記事の改訂履歴
2024年12月09日:初稿 修正
2024年7月04日:初稿 修正
2024年6月17日:初稿 修正
2024年5月17日:当サイト初稿
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