就労環境や生活基盤に不安を持つ精神障害者にとって、日常生活や社会生活を営むには交通費をはじめとする公的支援が欠かせません。
一部の自治体では精神障害者に対する交通費の助成が実施されていますが、東京都においても都営交通(地下鉄・バス等)の無料利用という形で支援が行われています。
東京都内に住民登録があり、精神障害者保健福祉手帳を所持している場合、都営交通に無料乗車できる「精神障害者都営交通乗車証」の利用が可能です。都内に在住する当事者にとって、この乗車証は外出を促進するための心強いツールとなります。
手帳を持つ筆者も、東京都内に在住していた時にはこの乗車証を活用していました。東京都外に転出してからは都内を移動するための交通費の負担が大きく、改めてこの乗車証の価値を再認識しています。

東京都民専用の精神障害者都営交通乗車証(ICカード・磁気券)は、精神障害者保健福祉手帳と同時に受領できません。区市町村の役所等で手帳を受領した後、忘れずに都営交通の定期券発売所で手続きを行いましょう。
この記事では、精神障害者保健福祉手帳を所持する東京都民に向けて「精神障害者都営交通乗車証」の概要・利用対象者・取得方法および使い方を詳しくご説明します。
- 手帳の等級や所得に制限なく、精神障害者都営交通乗車証を利用できること
- 自動改札の利用やプライバシー確保の面で、ICカードの選択が望ましいこと
- 乗車証がモバイルPASMOに対応する予定は現在のところないこと
都営交通に無料で乗車できる乗車証

はじめに、東京都が実施している都営交通の無料乗車制度全般についてお話しします。
東京都においては、社会弱者の社会参加を応援する制度として、都営交通を無料で利用できる施策が実施されています。高齢者に対して発行されている「東京都シルバーパス」が有名ですが、それだけではありません。
公的支援が必要な層に向けて発行されている都営交通の無料乗車証は、以下の2種類です。
- 都営交通無料乗車券(東京都交通局所管)
- 精神障害者都営交通乗車証(東京都福祉局所管)
前者の「都営交通無料乗車券」の発行主体は東京都交通局で、公的支援が必要な幅広い層に向けて提供されています。主な利用対象者は、以下の通りです。
- 身体障害者手帳の所持者
- 療育手帳(東京都においては「愛の手帳」)の所持者
- 児童福祉手当・生活保護の受給者
しかし、この乗車券の対象者には、精神障害者保健福祉手帳の所持者が含まれていません。果たして、都営交通を無料で利用するための支援を受けられるのでしょうか。
精神障害者保健福祉手帳の所持者向けに東京都が発行しているのが、後者の「精神障害者都営交通乗車証」です。東京都福祉局が事業主体となり、予算措置を講じています。
精神障害者都営交通乗車証と都営交通無料乗車券の両方の利用資格に該当する場合には、精神障害者都営交通乗車証のみを利用できます。
いずれも、東京都内に住民票を置いていることが前提です。ただし、東京都シルバーパスを利用している場合、これらの乗車証を取得できない点に注意しましょう。

それでは、精神障害者保健福祉手帳所持者専用の「精神障害者都営交通乗車証」について、詳しく見ていきましょう!
「精神障害者都営交通乗車証」の概要~等級・所得にかかわらず取得可能~

ここでは、精神障害者保健福祉手帳(以下「手帳」と表記)を所持する東京都民に対して東京都が発行する精神障害者都営交通乗車証(以下「乗車証」と表記)の概要についてお話しします。
精神障害者都営交通乗車証が導入された経緯
精神障害者都営交通乗車証の発行が始まったのは、2000年10月のことでした。
精神障害を持つ多くの当事者は、定期的な通院にかかる交通費の負担に悩んでいます。そのため、身体的な理由だけではなく、経済的な理由で外出がままなりません。
そのような事情があるにもかからわず、精神障害者に対しては長く支援が行われてきませんでした。そこで、当事者の社会生活を支援する目的で、都営交通を無料で利用できる制度が東京都によって導入されたわけです。
手帳の所持者に対する公共交通機関の運賃割引が普及するのに時間がかかった中で、東京都による乗車証の発行は、公共交通機関利用における経済的支援の先駆けでした。
筆者が東京都発行の手帳を初めて取得した2004年にはこの乗車証がすでに利用可能で、東京都外に転出するまで長らく活用していました。
居住する自治体の範囲の公共交通機関に無料で乗車できる制度が導入されているのは、東京都の他は一部の政令指定市のみです。これはかなり手厚い制度で、手帳所持者が東京都内に住む上での大きなメリットに違いありません。
精神障害者都営交通乗車証の特長
取得にあたって障害等級や所得が問われないことが、精神障害者都営交通乗車証の大きな特長です。
手帳の等級や所得の多寡によって利用資格の制限を受けることがなく、自己負担額にも差がありません。手帳さえ持っていれば、この乗車証を無条件で利用可能なことを覚えておきたいです。
この乗車証の有効期間は、手帳と同じ2年間です。乗車証を更新するタイミングを手帳の更新完了時期と合わせると、管理しやすいでしょう。
また、この乗車証の利用用途は、特に制限されていません。通院や日常生活のみならず、通勤・通学にも利用できます(会社が負担すべき通勤交通費を東京都に肩代わりさせる一面があり、議論を呼びそうですが)。
ただし、この乗車証は、手帳の取得と同時に自動的に発行されるわけではありません。手続面では、手帳を受領してから改めて乗車証の発行を受けるという段階を踏む必要があります。
そのため、この乗車証の存在を知らず、活用していない人がいるのではないかと思われます。
精神障害者都営交通乗車証で利用できる交通機関
精神障害者都営交通乗車証で利用できるのは、都営交通の全区間です。実質的に、2年間有効の都営交通全線定期券と同等の効力があります。
- 都営地下鉄全線
- 都営バス全系統全区間
- 都電荒川線(さくらトラム)全線
- 日暮里・舎人ライナー全線
有効期間内であれば、利用回数の制限なく何回でも無料で乗車可能です。都営地下鉄と都営バスを乗り継ぐと遠くまで行けるため、交通費の節減に大きく役立ちます。
ただし、都営交通の営業エリアは都内全域に及んでおらず、一部の地域に偏っています。そのため、全利用者が日常生活においてフル活用できるとは限らず、生活圏が都営交通の営業エリアに重なっている人に有利である点は否めません。

乗車証の概要を理解できたところで、取得方法や使い方のお話に進んで行きたいと思います!
精神障害者都営交通乗車証の取得方法・使い方(媒体別)

精神障害者都営交通乗車証には、媒体が3種類あります。乗車証の効力としてはいずれも差がありませんが、取得方法や使い方がそれぞれ異なるため要注意です。
ここでは、乗車証の媒体別に、取得方法や使い方を詳しくご説明します。
3種類の媒体・選択のポイント
乗車証には3種類の媒体があり、以下の媒体の中から自由に選択が可能です。
- 紙券
- 磁気券
- ICカード(PASMO)
3種類とも利用した経験から、媒体を選択するポイントをお話しします。
地下鉄や日暮里・舎人ライナーにはすべての駅でICカード対応の自動改札が設置されており、都営バスや都電においてもICカードリーダーが完備されています。したがって、ICカードを利用する前提で媒体選びをするとよいでしょう。
第一選択にすべき媒体は、間違いなくICカードです。記名式PASMOを使用するためデポジットが1枚500円かかりますが、カード自体は半永久的に使用可能です。
各交通機関を利用する際にはICカードをリーダーにかざすため、基本的には券面を提示する必要がありません。障害者であることが周囲に悟られず、プライバシー面でおススメです。
地下鉄や日暮里・舎人ライナーをあまり利用しない場合、磁気券でも問題ないでしょう。PASMOのデポジットがかからず、バスや都電の車内では券面を提示すれば事足ります。
紙券については、基本的には選択しないことをおススメします。市町村部に在住している場合は役所や役場で乗車証を受け取ることが可能ですが、特に地下鉄や日暮里・舎人ライナーを利用する際に使い勝手が悪いです。
手続に関する共通事項
今のところ、精神障害者都営交通乗車証には自己負担額や発行手数料は課されていません。制度導入当初は1,000円の発行手数料がかかりましたが、現在は完全に無料です。
手帳を取得してから乗車証を受領する流れには、居住する地域や乗車証の媒体によって異なる点があります。
区部に在住している場合、乗車証を区役所や保健所で受け取ることはできません。手帳を受け取ってから改めて定期券発売所に出向いて、乗車証を発行してもらいます。
一方、多摩地域・島嶼部(とうしょぶ)においては、市役所や町村役場の担当部署で発行してもらうことが可能です。ただし、紙券に限定されるため、磁気券・IC券が欲しい場合は発行箇所に出向くとよいでしょう。
手帳の有効期限が更新された際には、乗車証を継続利用するための手続きを行います。現在使っている乗車証と更新された手帳を持って定期券発売所に行き、乗車証の継続手続きを行いましょう。
紙券の取得方法・使い方
区部においては都営バス定期券発売所、多摩地域および島嶼部においては市役所もしくは町村役場で、紙券が発行されています。ただし、紙券の使い勝手が良くないため、紙券は基本的におススメしません。
都営交通を利用する際、乗車証を駅員または運転士に提示します。
なお、紙券の画像については、偽造防止の観点から掲載を控えることにします。
メリット
- 多摩地域および島嶼部において定期券発売所に行く必要がない点
- ICカード(PASMO)のデポジット500円がかからない点
デメリット
- 地下鉄・ライナーで自動改札を利用できない点
- 水濡れ等紙券の保存・管理に注意が必要な点
- 乗車証を提示することによるプライバシー面の心配がある点
都営バスと都電しか利用しない場合は、(あまりおススメしませんが)紙券でも大丈夫です。
磁気券の取得方法・使い方
都営地下鉄定期券発売所もしくは日暮里・舎人ライナー日暮里駅にて、磁気券の取得が可能です。

磁気券の様式は、各鉄道会社において発行されている磁気定期券に準じており、有効期間が2年間に設定されています。手帳に記載されている氏名および年齢が乗車証にも記載され、本人のみ使用可能です。
都営地下鉄や日暮里・舎人ライナーを利用する際には、自動改札を利用します(IC専用改札は利用不可)。都営バスや都電を利用する場合、乗車証を駅員または運転士に提示します。
メリット
- 地下鉄および日暮里・舎人ライナーで自動改札を利用できる点
- ICカード(PASMO)のデポジットがかからない点
- 紙券のような水濡れの心配がないこと
デメリット
- 乗車証の発行箇所が少なく、遠くまで行く必要がある点
- IC専用改札を利用できない点
- 乗車証を提示することによるプライバシー面の心配がある点
磁気券は、紙券とICカードの中間的な特徴を持っています。券面を見せればよいだけという気軽さと、自動改札を使えるという利便性を持ち合わせており、ICカードのデポジットもかかりません。都営交通を頻繁に使わない場合には、磁気券が適しているでしょう。
ICカード(PASMO)の取得方法・使い方
磁気券と同様、ICカードも都営地下鉄定期券発売所もしくは日暮里・舎人ライナー日暮里駅にて取得できます。

ICカードの様式や有効期間も、磁気券と同じです。手帳に記載されている氏名および年齢が乗車証にも記載され、本人のみ使用できます。
都営地下鉄や日暮里・舎人ライナーを利用する際には自動改札を利用し、都営バスや都電を利用する場合には乗車証をICカードリーダーにかざします。
このICカードはPASMOとしても利用可能で、チャージすれば都営交通の各交通機関でIC乗車したり、電子マネーとしても使えます。
乗車証にチャージした残高を利用して、東京メトロやJRなど都営交通以外の路線に乗車することも可能ですが、他の路線では運賃の割引は適用されません。その場合、無割引の大人運賃で精算されることを覚えておきましょう。
メリット
- 地下鉄および日暮里・舎人ライナーで自動改札を利用できる点
- 券面を他人に見られないためプライバシーを保てる点
- 券面の劣化や磁気情報の損傷がなく、管理しやすい点
デメリット
- 乗車証の発行箇所が少なく、遠くまで行く必要がある点
- PASMO発行のためのデポジット500円がかかる点
ICカードに関しては、これらの特徴の中でもプライバシーが確保される点がポイントです。地下鉄の改札機の画面には「定期券利用」、バスの運賃箱では黄色で「乗車券」と表示されます。都営交通乗車証を提示することによって精神障害者であることを他者に悟られるリスクがない点は、他の媒体にはないメリットです。
デポジットがかかること以外には大きなデメリットがないため、都営交通を日頃利用する場合にはICカードを取得するとよいでしょう。
モバイルPASMOは対応しているか?
2020年3月18日にAndroidスマートフォンで利用できるようになった「モバイルPASMO」。都営交通の定期券もモバイルPASMOで利用できるため、この乗車証に関してはどのような取り扱いであるか疑問に感じる方もいるのではないでしょうか。
筆者は早速、都の担当部局に問い合わせてみましたが、当面の間対応する予定はないとのことでした。現時点では導入される見込みはありませんが、乗車証を紛失する心配がなくなるため、導入を要望したいところです。
乗車証利用上の注意点
精神障害者保健福祉手帳を所持する東京都民にとって欠かせない精神障害者都営交通乗車証ですが、持続的な制度であるために覚えておきたい注意点があります。
この乗車証の効力は非常に強いですが、使用できるのは本人のみです。他人には絶対に貸与しないようにしましょう。万が一他人が使用したことが発覚した場合はこの乗車証が没収され、今後の再取得が不可能となる可能性があります。

最後に、精神障害者都営交通乗車証に関する筆者の私見を申し上げます。よろしければお付き合いください。
精神障害者都営交通乗車証の利便性向上のために期待すること

精神障害者都営交通乗車証は、精神障害者保健福祉手帳を所持する東京都民に対して、東京都交通局が運営する交通機関の無料乗車を提供するという限定的な制度です。
精神障害者都営交通乗車証の対象となるのは、都営交通(東京都交通局が運営する交通機関)に限定されており、都内を走るすべての交通機関を無料で乗車できるわけではありません。
東京都区部における地下鉄網の運営は一元化されておらず、東京都交通局と東京メトロによって各路線が運営されています。都営交通に有効な乗車証では、東京メトロの区間には乗車できません。
また、都営バスの運行エリアにも、偏りが見られます。都営バスが運行されているのは、主に都心部および23区の東半分です。そのため、23区の西半分や多摩地域・島嶼部に住んでいる当事者にとっては、乗車証の恩恵を受けにくい状況です。今後、都営交通のエリア外に住む都民へのサポート強化が期待されます。
これは、歴史的な経緯から公共交通機関の運営一元化が行われず、方面別に各交通事業者が棲み分けを図っていることが原因です。そのため、居住する地域によってこの乗車証をフルに活用できることもあれば、ほとんど出番がないこともあり得ます。
精神障害者都営交通乗車証と都営交通無料乗車券の効力が同一であるにもかかわらず、発行部署や交付箇所が異なることは、当事者に混乱を招くでしょう。
自治体による無料乗車証の発行は、住民の社会参加を促す上で非常に大きなメリットをもたらします。その一方で、東京都と接する周辺県民や、都営交通の営業エリア外に住む都民にとって恩恵を受けにくいといった問題があり、今後の議論の対象となり得ます。
東京都による手厚い施策は当事者にとってありがたいことですが、より多くの当事者が等しく恩恵を受けられるよう、このような制度が広域的に連携されることが望まれます。
まとめ ~精神障害を持つ東京都民に必携の都営交通乗車証~

精神障害者保健福祉手帳を所持する東京都民専用の「精神障害者都営交通乗車証」は、当事者の日常生活や社会生活を支えるための大切な社会資源です。
手帳を取得していれば多くの公共交通機関で運賃の割引を受けられますが、この乗車証を取得することで都営交通を無料で利用できます。東京都民は、公共交通機関利用について手厚い支援を受けられると言えるでしょう。
この乗車証は手帳と同時に自動的に発行されるわけではなく、ICカードおよび磁気券に関しては手帳を持って定期券発売所で手続きを行って受領します。
この乗車証には3種類の媒体があり、取得方法や使い方がそれぞれ異なります。最も使い勝手がよいのは、ICカードです。PASMOを使用するのでデポジットが500円かかりますが、都営交通をよく利用する場合はICカードを選択すると無難です。
東京都内には都営交通の他、東京メトロや他の交通事業者がありますが、他の交通機関ではこの乗車証を使用できません。そのため、都営交通の営業エリアに住む当事者にとって有利な一面があります。
都営交通の恩恵を受けられない都民や東京都の周辺に住む当事者が多くいる中、制度の不公平さは議論の種となり得ます。
この記事を最後までお読みいただき、ありがとうございました!
参考資料
● 精神障害者都営交通乗車証 日常生活の支援・社会参加の推進(東京都福祉局)2025.10閲覧
● 東京都精神障害者都営交通乗車証条例
当記事の改訂履歴
2025年10月28日:当サイト初稿(リニューアル)
2015年8月15日:前サイト初稿(原文作成)


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